はじめに
先日、某研究会に参加しました。この研究会はビッグデータをテーマにした研究会です。今回は弁護士さん(以降、先生)に来ていただいて、①法律家はどのように「事実」を扱っているのか?、②ビッグデータと個人情報保護法、という2つのテーマについてお話しいただくというものでした。うち①について「法律家(弁護士)」と「中小企業診断士」の似ているところ、異なるところ、を意識しながら感想を述べようと思います。
要約:本講演(①)の要旨は、ビッグデータを適切に取り扱うことによって、効果的に「正しい見方」へと議論を導くことができる、というものであったと思います(私見ですが)。すなわち、データ取扱の技術(整理法や立証プロセスといった方法論の実践)によって、直観といった個人の技能に依存する領域を、ある程度排除できた事例であるといえます。「事実」とは、本来そういった個人の技能(や認知)に依存するようなものではありません。本講演は「事実」の認定に、データの取り扱い方法によって「感覚」をある程度排除し、公正な「評価(事実認定)」を実現するための一つの方法論を提示しています。一方、経営の現場では「事実」を認識することは出発点であり、その先にあるゴールを達成するために、いかにビッグデータを活用できるのか、が重要な課題となります。(本記事はホームページのリニューアルに伴い、旧ホームページより転載した過去記事になります)
講演の内容:法律家はどのように「事実」を扱っているのか?
本講演の先生は刑事事件が専門
法廷では弁護士は「事実」に「反証」するのが仕事
「事実」は「証拠」をもとに「立証」される
「証拠」は多用な方法で収集、蓄積されている
「証拠」に対峙するとき「正しい見方」ができるかどうかは重要である
「正しい見方」ができるかできないかは「センス(あるいはピント)」の良し悪しに影響される
「センス」とは知識や論証技術ではない
「事実」「証拠」「文書」など情報はデータとして捉えられる
データの整理法は強力なツールとなる
データを可視化する2大ツールとして「年表」「人物関係図」がある
データの取扱いに関する方法論(7つのメソッド、コグニティブ・インタビュー)がある
これら方法論の実践で「センス」の個人への依存性を排除することができる
一方、データが膨大になると「正しい見方」が難しくなる
そこで、「証拠」など情報をデータベース化することで対応した
概ねこのようなお話だったと思います。ビッグデータに関するお話はどちらかと言うとテーマ②のほうが興味深いものでしたが、背景には「事実(個人情報)」の取扱の問題があり、それに先立ってテーマ①の話を先に…ということではないかと推測します。したがって、テーマ①の「情報の取扱」の事例は、より本質的な議論ではなかったかと思いました。
中小企業診断士はどのように「事実」を扱っているのか?
法律家の仕事の多くの部分は「事実」を扱うことだそうです。同じく、中小企業診断士も同様に「事実」を扱うことは必須です。
例えば、「経営診断報告書」は事実のカタマリ(だいたいは問題点の指摘)とその処方箋を記述したものです。ヒト・モノ・カネといった経営資源の観点から、組織体制や在庫、生産プロセス、財務状況を分析・評価します。
興味深かったのは、7つのメソッドで「三現」というキーワードが使われていたことです。先生は「現場・現人・現物」のことだとおしゃっていましたが、経営診断での「三現」は「現場・現物・現実」ですね。ほぼ同じです。現象を説明する根拠を「三現」に求めるわけです。
法律家と中小企業診断士は何が違うのか?
ここまで「事実」の取扱については法律家も中小企業診断士もそう大きく異なることはないと考察しました。とはいえ、異なる部分がまったくないわけではありません。それは「処方箋」の提示の有無です。
バッジを見てみよう!
順に弁護士、中小企業診断士のバッジです(※中小企業診断士の記章は実際は金色です)。モチーフが違いますね。弁護士は天秤、中小企業診断士は羅針盤をモチーフとしたデザインになっています。
羅針盤の意味
とある先輩は、中小企業診断士の仕事は「未来戦略の策定業務」と表現しました。なるほど、経営の羅針盤となるよう経営者の支援をする、といったところでしょうか。
経営は終わりのない航海のようなものです。企業の経営はゴーイングコンサーンを前提としています。つまり、データを収集・分析する、事実を評価する、だけでは経営コンサルティングをしたことにはなりません。医師でいえば、ただ症状を説明した…にすぎないわけです。
したがって、その「事実」を認識した上で課題達成に向けての支援を行うことが、中小企業診断士に求められます。
とはいえ、課題達成だけが重要なわけではありません。「事実」を正しく認識した上での問題解決も重要です。(問題解決と課題達成についてはこちらの記事を参照下さい)
データをどのように経営に活かすのか?
実際に経営の現場では、様々なデータを活用しています。例えば、製造業では製造工程の様々なデータの解析による品質管理が行われています。ERPやSFA、身近なところでは自社ホームページのアクセス解析など様々な場面で「データ」が活用されています。
いずれの経営支援システムもデータを用いて全体最適を目指すものです。
ビッグデータは経営に何をもたらすのか?
先日、日経新聞に「奪われる定型業務」という記事が掲載され、中小企業診断士界隈でも大きな反響(波紋?)を呼んでいます。(2017年9月25日、記事についてはこちら)
AIによって代替される可能性のある職業として、弁護士1.4%、弁理士92.1%、司法書士78.0%、公認会計士85.9%、税理士92.5%などなど…中小企業診断士は0.2%!
以来、中小企業診断士の集まりで事あるごとに0.2%が強調され…思わず失笑です。(そもそも出典は、2015年12月の公表の野村総研とオックスフォード大学との共同研究による「10〜20年後に、AIによって自動化できるであろう技術的な可能性」です。何故2017年9月のいまさらあらためて記事として取り上げられたのか疑問ですが…)
私自身はこの数字「0.2%」は甚だ疑問です。まあ、野村総研の研究なので経営コンサルタント業務である中小企業診断士に色を付けたのでは…と勘ぐってしまいます。(ちなみに元の研究論文"THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?"では数字が違うような…日本の産業構造をふまえて野村総研でアレンジしてるんですかね?)
このような研究報告がある一方、やはり経営の現場でも携わる業務の多くは、ビッグデータの活用が大きな変革をもたらすことになると思います。とりわけ弁護士や中小企業診断士が他の職業に比べて優秀なわけでもないのですから。
「センス」はどこまで代替可能か?
さて、弁護士の先生曰く『「センスの良し悪し」が事実の「正しい見方」に大きく影響する』ということでした。これを中小企業診断士用語(?)に置き換えると「見立て」という言葉になります。
ある意味「経験則」や「直観」に頼るような、属人的な能力の領域になるのでしょうか。難しい言葉を使えばセレンディピティやヒューリスティックに基づいた視座…みたいな。
ビッグデータを経営に活かすためには、データの分析手法の開発ともう一つ、データ分析・活用のためのアプローチ手法の開発の2つの方向性が考えられます。後者のアプローチ手法こそ「見立て」の属人性(再現性の欠如)を解決する筋道のように思えます。(前者はアルゴリズムで後者はプロセスと言い換えても良いかもしれません)
もし弁護士や中小企業診断士の業務を自動化よって代替するのが難しいということであれば、それはまさしく「属人的」な部分が業務の大体を占めているから、ということになるのかもしれません。(これはこれで問題だ!)
とはいえ不確実性は排除したい
経営コンサルティングの現場で常に意識され、経営者が常日頃頭を抱えていることは「不確実性への対処」です。「未来戦略の策定業務」のジャマをするのはいつもこの「不確実性」です。
ビッグデータを経営に活用する効果的な手法が開発されれば「不確実性」を排除することができるかもしれません。経営者にとっては夢のツールですね。
しかしむしろ、ビッグデータを分析すればするほど「不確実性」といった「現実」に直面することになるのかもしれません。なぜなら、過去でも現在でもなく、未来が未来たる所以は「不確実性」にあるのですから。(現在は過去を分析することで因果関係を「確実」に表現することができますね)
したがって「未来戦略の策定」においては、ビッグデータは「不確実性に対処」するための将来予測として役立てるより、「不確実性に適応」するための羅針盤として用いるのが望ましいのかもしれません。
経営におけるより良い状態とは、社会や経済、人間など企業を取りまく様々な環境との調和ができている状態だと私は考えています。ムダ・ムラ・ムリのない状態ですね。特に、不安定な状態である「ムラ」のない状態を実現するための、ビッグデータの有効な活用法の開発に期待しています。(結局、ビッグデータでTPSを実現するということか?)
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